【135】 2007参院選 自民大敗 安倍首相退任論について       2007.07.31


 与党105議席(新議席47、非改選58)、野党137議席(新議席74、非改選63)…、圧倒的な保革逆転の数字である。歴史的な自民党の大敗結果に対して、続投を表明した安倍首相に対する批判が、マスコミ主導で高まっている。
 街頭インタビューで「安倍さんの政治に国民はNOを表明したわけだから、退陣するべき」と通行人に語らせ、選挙中の「私を選ぶか、小沢さんを選ぶか」と言った演説を繰り返し流し、コメンティターが「安倍首相は、民意がわかっていないのではないか」とコメントしたりしている。
 後追いするように、自民党内の中からも退任論がぼそぼそと聞こえてきているが、線香花火みたいなものでしかない。党内に強力な派閥やグループのない現状では、安倍首相を引き摺り下ろそうという勢力はないし、俺が…と名乗り出る対抗馬も見当たらない。安倍首相が弱気の虫に襲われて自ら辞めると言わない限り、首相の交代は考えられない。


 安倍首相の続投は、是か非か…。結論から言えば、安倍晋三は退陣しなければならないいかなる理由もない。
 この敗戦を自らを省みる契機として、彼が掲げる「戦後日本の敗戦国としてのお仕着せを払拭し、日本を世界に通用する国にする」ために、改革を更に推進して行くべきだろう。今の自民党の中で、かくも明確に日本の進むべき方向を示しえるリーダーが、他にいるだろうか。


 さて、世上ささやかれる今回の選挙の敗因と責任をひとつひとつ振り返ってみると、まず、最大の敗因と目される年金問題は、安倍内閣に責任が起因することではない。
 40年にも及ぶ納付を義務付けておいて、莫大な掛け金を湯水のごとく自分たちで使い、遊び半分のような仕事でその記録を紛失した結果、支払ったと言うならば領収書を示せと迫って恥じることのない役人の態度は、お上大事のこの国の国民もさすがに怒った!
 安倍内閣のはるか以前から潜行してきた官庁の犯罪の一部が、がここに来て一気に噴出したものだが、ただ、管轄・管理を問われる 時の内閣として、その処理の仕方がたどたどしく、国民の怒りを解くことができなかったのは残念なところだ。
 社会保険庁の失態は看過すべからざるもので、年金機構への移行などといった名前が変わるだけのような処置で国民が納得するわけはなく、今日の問題を招いた責任者の処罰を含めた組織の改革を、国民の目に見える形で行わなければならない。
 また、「失われた年金は 私の内閣で必ず処理します」と絶叫するだけでは、もはや国民は信用しない。第三者委員会の設置など、領収書の確認を第三者がするだけのものだ。私はかつて、『国民の納得を得る結論はただひとつ、全ての人が得をする給付を実現することだ。政府与党が国民の信頼をつなぎとめようとするのならば…、あるいは民主党が政権を奪取して本気で国政を担う覚悟があるのならば…、『国民全てに最低月額65000円。プラス、判明している上乗せ分を全額支払っていく年金制度にする』ぐらいの提案をすることだ。現在の年金基金に加えて、構造改革を実施すれば、財源を確保するのはそれほど難しいことではない。』と書いた【参照】
 民主党は「国民全てに一律基礎年金を支給する」とし、その財源19兆円を示した。自民党は、借金大国の政権担当政党としての慎重さからか、具体的な救済策を示すことができなかった。
 これは、社会保険庁という政府所轄官庁の組織的な犯罪なのだから、身を切り、出血を覚悟しての処置が必要なのだ。民間会社は、身銭を切って保障しているではないか。


 次に、相次いだ大臣の失言も、安倍首相の管理能力が問われる問題であった。選挙直前の久間防衛相の「原爆しょうがない」発言は大臣としての自覚なし。赤城農水相は事務所費では二転三転したのち口をつぐみ、絆創膏では最初からとぼけた答弁、二重光熱費では勘違い…、これに的確な指示の出せない安倍首相に国民はいらだち、こんな大臣を追い詰めることができない社会の仕組みへの怒りを、安倍政権へと向けたのである。
 安倍首相の身内を守ろうとする侠気が、守る価値のない大臣によって台無しにされたというところだ。発言の意味や重みを自覚しないものは大臣の資格はない、自らの態度や言葉がどんな波紋を周囲に広げるかを知らないものは、大臣どころか政治家たる存在が許されない。
 この意味において、安倍首相は任命者責任を問われるところだ。「任命者として責任を感じている。国民の皆様にお詫びする」と謝罪しなければならない。
 しかし、引責辞任しなければならない事柄ではない。トカゲの尻尾切り…は政権運営の常套手段で、歴代政権は一内閣一閣僚と言っても、大臣の首を据えかえることによって問題をクリアしてきたのである。


 三番目、松岡農水相のナントカ還元水…、そして赤城バンソウコウ…によって炙り出された、政治と金の問題は、国民の生活感を逆撫でする深刻な問題であったのだが、自民党の長期政権の中で麻痺してしまった、政界の澱(おり、沈殿物)のような問題である。
 政治家の金に対する感覚がどれほど麻痺しているかというと、党の責任者の立場にあるものがテレビに出て、「1円からの領収書を全て揃えろなんて、政治団体は7〜8万ほどあるのですよの」と発言しているのを見ても推察されよう。全国何百万の法人や個人事業者、また全ての個人は、すべからく1円からの領収書を添えて会計報告書を作成することを義務付けられ、多大な労力を注いで数字を合わせ、あるものは莫大な費用をかけて税理士・会計士にその処理を依頼して、会計内容を判り易くオープンにして、お上(税務署)に畏れながらとお届けしているのである。
 税金を使っている政治活動が収支の報告を行うのは当然であり、政治家自身が当然であるという意識を持つことが大切であろう。政務調査費をなしにしろとは言わないが、堂々と報告のできる政務に供することを当然としなければならない。機密費も、誰がいくら使ったのか、30年後…50年後には公表することを定めて、本当に妥当な使われ方であったのか、後世の批判に耐えるべき自覚を持って使うことを促すべきだろう。
 選挙後、安倍首相は、政治資金報告を詳細厳密に行うことを指示したと述べた。自民大敗の成果と言うべきだろう。私はやはり以前に、『この国に巣食う利権・癒着の構造、無能な公務員の増上慢、社会に蓄積した塵芥は、政権交代なくして掃除はできない』と書いた【参照】。この政治資金処理の見直しは、自民党の大敗があったからこそ安倍首相も踏み切れたことである。中途半端な負け方だったら、党内の多くの議員はまだ「政治資金は聖域」などと能天気なことを言っていたことだろう。
 こう見てくれば、自民党内の長期政権から生じていた慢心こそが、大敗の原因であったことに気づく。安倍首相は、この大敗を好期として、党内改革をも断行していくことだ。「今のままの自民党ではダメなのだ」…と。そこにこそ、2年後の衆議院選勝利の鍵がある。


 四番目、「国民は安倍政治にNOを突きつけたのか」…? いや、初めから、今回の参院選は政権選択の選挙ではなかった。スタートして9ヶ月、まだ安倍内閣が是非を問う政治課題は何もない。国民は、ここで自民党を敗北させても、まだ政権は交代しないことを知っていたのだ。自民党支持者の20%近くが、民主党の候補者や比例に投票しているのを見ても、今回はちょっとお灸を据えてやれという選択であったことがうかがえる。
 先の郵政民営化選挙で自民党を大勝させた国民は、噴出した官僚の犯罪の中で、巨大与党を背景に次々と法案を強行採決していく姿に、安倍政権の驕りを見たのだろう。失言大臣の擁護は、安定与党に乗る油断であった。
 これら政治手法については、今回の大敗を反省の材料として、より慎重に、周囲に配慮を見せる方向へと修正していくことだろう。


 このように、今回の参院選の大敗は、安倍首相を退陣させる材料たりえない。責められるべきは、自民党の体質そのものであり、ここで一新することができなければ、2年後の衆院選ではいよいよ政権の座を追われることになるだろう。
 新生自民党の核たりうるのは、今、安倍晋三をおいてほかに見当たらない。党改革を含めた政治改革を断行するために、安倍首相はできるだけ早い時期に内閣改造を行い、人心を一新して新しい政局に臨むことだ。
 内閣改造に、挙党一致・党内融和などといった言葉に惑わされて、派閥均衡型の人事を行ってはダメである。それこそ、国民は安倍晋三に幻滅し、今度こそ見限ることだろう。
 幹事長・内閣官房長官に信頼できる人材を置き、この2人だけと協議しながら、自分の意思で納得の行く人事を行うことだ。もし失敗しても、そうなれば2年後には自民党の内閣はなくなるのだし、非主流やそっぽを向くものがいればそれらを当てにせず、民主党の若手などと手を携えて、政界再編をドラスティックに進めていけばよい。
 常に国民の顔を見ながら語り、日本の将来を明確に示しつつ断行していけば(国民に迎合するのではない。自らの信念、やろうとしていること、成果…などを、常に国民に判り易く説明していくことが必要だというのである)、その改革に国民の支持・協力は得られることであろう。
 

 安倍首相に、ひとつ注文がある。国民大衆に語る言葉をより鮮明に歯切れよく、そして内容をよく練り上げることが大切であろう。内容を語らずに「私に任せてください」というのは、愚者の説法だ。判り易く、心に響く言葉を、明快に語ることを心がけてほしい。それが、説得力である。




 さて、今回の民主党の勝因は 高木連合会長の指摘のように、年金・失言・政治とカネといった敵失であった。問われるのは、これからである。解散や政権獲得などといった手段に邁進するばかりでなく、政策や理念といった政治の基本部分で自民党と堂々と渡り合ってほしい。
 今回の大勝で、民主党は、参議院という限られた世界であっても、責任政党としての力量が問われることになった。議長と議院運営委員長を獲得するのだから、参議院の切り盛りに主導権を握ることになる。そのとき民主党は衆議院から廻されてきた議案を 日本の国のあり方を損なわないように処理することができるだろうか。
 まずは、『テロ特措法』が11月に失効するので この秋の国会に延長を図る修正案が提出される。否決すれば、インド洋でのアメリカの艦艇への給油はストップし、日米関係は著しく損なわれて、アメリカは民主党を信用しなくなる。
 小沢代表は、「今まで反対と言ってきて、いまさら賛成なんて言うはずはない」と答えているが、「言えるわけがない」と言いたかったのではないだろうか。反自民に政権奪取の基本的戦略を置いているから、そう言うのは当然かも知れないが、待ったの利かない政治の現実に対して、「テロ特措法」のように身動きできないジレンマを抱えている。政権担当を目指す再来年の衆院選までに、寄せ集めの寄り合い所帯を一本化するとともに、政策の整合性を見直すことだろう。
 いよいよ、責任政党としてのあり方が問われる民主党…。反対と言っていればよかった時代がなつかしい…なんて、もう引き返せはしない。


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